2021/07/31

15. 港町ポルトガ

【アリアハン暦 1274年10月20日】

 イシスを後にし、ぼくたちはポルトガという港町を目指した。北大陸から大海を渡らねばならないのだが、そのための船はポルトガからしか出ていない。

 岩山に囲まれたその港町への唯一の街道は、ロマリアから入るしかなかった。 
 ロマリア・ポルトガ間の街道は、岩山をくりぬいて作られたトンネルになっている。 岩山のトンネルを抜ければ、そこはすでにポルトガ領だ。

 三方が大河に囲まれているため、昔から造船が盛んだという。ポルトガの漁港には多くの船が停泊し、魚が陸揚げされていた。
 新鮮な魚料理をふるまう料理屋が軒を並べ、ちょうど昼時ということもあり、あちこちからいい匂いが漂う。

 こじんまりした食堂に入ったぼくたちは、テーブルに並べられた料理に舌鼓を打った。野菜と豆の煮物、具だくさんのシーフードスープ、大きな葉で巻いた蒸し魚。
 どれも美味しいけど、なんだか味が物足りない。香辛料を使っていないからだろう。

 料理を運んでいる店員に尋ねてみると、この国には黒コショウがないそうだ。
 美食家として知られるポルトガ王は、黒コショウを手に入れるため、原産地バハラタと貿易協定を結びたがっている。だが近辺は魔物たちが多く、うまくいかないらしい。

昼時のピークが過ぎても、ぼくたちが入った店は客足が途絶えることはなかった。
 食事を終えた頃、決して静かとはいえない店内で、ひときわ大きながなり声が奥のテーブルから聞こえてきた。

 騒いでいるのは、いかにもチンピラといった風体の男。グラスの水が服にかかったのどうのと、若い商人風の男に難癖をつけている。
 他の客たちは見て見ぬふりを決めこみ、店員はおろおろとするばかり。ぼくは椅子から立ち上がると、彼らの間に割って入った。

「やめてください。他のお客さんに迷惑です」
「なんだ、てめぇは?」

 チンピラ男は酒臭い息を吐きかけて、ぼくをじろりと睨んできた。昼間から、酔っ払っているようだ。

「手加減してやれよ、アレル」

 席を立つこともなく、フルカスがしれっと声をかける。カダルもフォンも、手を貸してくれる気はないらしい。

(……いいけどね)

 軽く肩を竦めたぼくを見て、バカにされたと思ったんだろう。男は、禿げかかった広い額に青筋を立てて殴りかかってきた。
 拳をひょいと避け、男のみぞおちを剣の柄で打つ。チンピラ男は、低く呻いてあっけなくのびた。

 他の客や店員たちが拍手をくれる中、からまれていた商人の青年は、ぼくに深々と頭を下げて何度も感謝の言葉を口にする。

 青年は、バハラタの商人でダムスと名乗った。黒コショウの産地として知られる東方の国バハラタから、黒コショウ貿易の契約を取り付けにやってきたのだという。

 上手く契約がまとまり、目的は果たせたものの、魔物の被害で、当面ポルトガからの船の運航が休止になり、バハラタに戻れなくなったのだとか。つまり、ぼくたちも、海を渡る手段を絶たれたことになる。

 互いに状況を確認し合ううち、ダムスはひとつ提案してくれた。海路が無理でも、バハラタまでなら陸路がある。
 海以上に魔物が多いため、とても商人一人では無理だが、ぼくたちが同行し、バハラタへ行けば、そこから海を渡る船を出せるとのこと。まさに渡りに船の話だ。


イングリッシュパーラー

2021/07/28

14. ピラミッドの迷宮

【アリアハン暦 1274年9月26日】

 ピラミッドへ向かうにあたり、イシスの女王は、内部は危険だからと、一振りの立派な剣をくれた。剣先が斧のような形をした『雷神の剣』。
 アッサラームで買うことができなかった大ばさみより強力な武器だ。大き過ぎてぼくには扱えないが、フルカスにはちょうどいい。

 街で水を補給し、装備を整え、再びぼくたちは熱砂に踏み出した。
 ピラミッドまでは、魔物に襲われることなく行き着いた。近くまで行くと、石造りのその建造物はあまりにも大きく、思わず息を飲む。
 一体これを作るのに、どのくらいの年月を費やしたことだろう。

 ピラミッドの内部は、外の暑さが信じられないくらいにひんやりしていた。
 カビくさく、陰湿な気配。どこか、死の匂いがする。

 迷路のようになった薄暗い通路を、松明をかざして慎重に歩いていく。なにせ、落とし穴や無限回廊といった罠が随所にある。地図にしるしを付けながら、自分たちのいる位置を割り出して進んだ。

 魔物もあちこちに潜んでいた。窪んだ眼窩の、死に切れない屍。魔の命が吹き込まれた、マミーと腐った死体だ。

 フルカスが雷神の剣を唸らせると、パチパチと稲光が走った。フォンの回し蹴りが腐った死体を直撃し、カダルが真空呪文バギマを放つ。戦いの熱気に刺激されたのか、ユラユラと揺らめく怪しい影までも次々と集まってきた。

「走ろう、キリがない!」

 怪しい影を斬り裂き、ぼくは皆に叫ぶ。
 狭い通路は、淀んで胸が悪くなりそうな空気が充満していた。おどろおどろしく、粘ついた空間。こんな場所に長居すれば、判断力も鈍る。ミイラ取りがミイラになりかねない。

 魔物と濁った空気と戦いながら進んでいくうち、ようやく通路が一本道になった。
 辿り着いたのは、大広間のような場所。そこに幾多の棺と宝箱があった。ところが、宝箱はどれも空っぽ。すでに墓荒らしに持ち去られたらしい。

『ファラオの眠りを妨げるのは誰だ……』

 ふいに頭の中に直接届くような、低いうめき声が聞こえた。次いで、棺から王たちのミイラが一斉にゆらりと立ち上がった。

 骨と皮ばかりの亡骸。王たちも魔物と化している。ピラミッドにはとてつもない邪気が満ちているのだから、無理もない。
 朽ちた体は、ただ侵入者を追い払うためにだけ機能する。哀れな妄念の塊だ。

 ぼくは強く握った右の拳に力を集め、ベギラマを唱える。掌から放たれた火炎は、炎の壁となってミイラたちを取り巻いた。 
 聖なる火によって、今度こそ彼らの魂が天に召され、心の平穏が訪れるようにと願う。

 のんびりしてる暇はなかった。充満する黒煙の中を抜け、ぼくたちは出口へと走る。
 どうにか外へ出た途端に、今度は砂漠の太陽が肌をじりじりと焼きにかかる。

 仲間たちは皆、ぐったり疲れた顔をしていた。ぼくもまた、額の汗を拭って、小さく溜息をつく。
 結局、ピラミッドにオーブはなく、まったく無駄足だった。


イングリッシュパーラー

2021/07/27

13. イシスの女王

【アリアハン暦 1274年9月24日】

 イシス砂海をほぼひと月かけて進み、ようやく目指す緑の地が視界に入った。
 砂漠の中、オアシスに囲まれた緑ある国、イシス。

 代々女王によって治められてきたこの国は、かつて世界を巻き込んだ戦争にも不参加を表明したという。砂漠の中にあり、孤立している反面、平和が保たれた国だ。

 街には、人々の命を支える貴重な水源として、ところどころに井戸や泉が作られている。
 イシスの女王パトラは、長く艶やかな黒髪が白い肌と見事な対照をなす、絶世の美女だった。

 女王の美貌は、国の宝。街でそんな声を耳にしたが、それも頷ける。けれど女王自身は、華やかな評判とは裏腹に、どこか寂しげな微笑を浮かべていた。

 謁見したぼくたちは、旅の目的を話し、オーブについて尋ねた。
 何年か前、父さんもこの城にやって来たという。女王もオーブのことは知らなかった。ただ、歴代の王たちの墓であるピラミッドには多くの宝物が納められており、副葬品にオーブがまぎれている可能性もあるとのこと。

「父は……オルテガは、ピラミッドを探したんですか?」
「いいえ。あの方は、王の眠りを妨げたくないと仰って、別の場所へ行かれました」

 女王はとても切なそうな眼差しをぼくに向ける。
 オーブ探しをいったん切り上げ、父さんは、サマンオサの勇者サイモンと合流すると女王に告げたそうだ。

 ピラミッドの中は、今や多くの魔物が巣食う。墓荒らしのようなまねはしたくないけど、せっかくここまで来たのだから、確かめておきたい。
 女王の許可をもらい、ぼくたちはピラミッドを探索することにした。


幕間:女王パトラの追想

 オルテガ様の息子が、オーブを求めて謁見を申し出てきた。七年前、オルテガ様がこの城に立ち寄られたのと同じく。

 ピラミッドには数々の副葬品が収められている。その中にオーブがあるかどうか、私にも分からない。
 歴代の王たちが所持していた数多の宝物は、誰も目にしたことがない。秘密を守るために、ピラミッド建設に関わった多くの人々の命が奪われたから。

 なんと呪わしいことか。ピラミッドが魔物の巣窟と化したのも、当然の報い。
 王たちの念が、魔を引き寄せたのだろう。

 ――アレル。この少年は、やはりオルテガ様とよく似ている。
 サマンオサの勇者サイモンと落ち合うため、ギアガの砦に向かうと言われ、イシスを去って行かれたオルテガ様。癖のない黒髪。引き込まれそうな双眸。意思の強そうな口元。全てがそっくり。

 思い返し、涙がこぼれ落ちた。私は人知れず涙を流す。
 オルテガ様の死の報せを受けた、あの時のように。


イングリッシュパーラー

2021/07/25

12. 酷暑

【アリアハン暦 1274年9月中旬】

 砂地を行くのはきつい。街道を歩く何倍もの体力が奪われてしまう。

 何よりも参るのは、この暑さ。夏の盛りは過ぎたとはいえ、まだ毎日猛暑が続いている。砂漠を渡るには最悪の季節だ。朝から気温はぐんぐん上がり、昼下がりには息苦しいほどの暑さになった。

 乾いた熱い風が吹いて、足元からは太陽の熱が照り返す。体が焼かれるような感覚。
 流れる汗で砂が肌に貼りつき、不快感を殊更高めた。

「あちぃー! なんて暑さだよ」
「飲みすぎるなよ。まだ先は長いんだ」

 喉を鳴らして水筒から水を飲むカダルに、フルカスが釘を刺す。

 水は小分けして、多めに持ってきた。イシスに着くまで大丈夫だとは思うが、砂漠では何が起こるか分からない。

 砂嵐が吹き荒れて、数日間一歩も進めないこともあった。疲れきったぼくたちの様子などお構いなしに魔物たちは襲ってくる。

 砂嵐が過ぎた夜、地獄のハサミと呼ばれる巨大なカニが野営地に押し入ってきた。砂漠の魔物は、守りが堅く厄介なやつが多い。

 カダルはカニの硬い甲羅の守備力を下げる呪文を唱えた。火を絶やされ、明かりのない暗闇の中、魔物の気を察知して突きを繰り出すフォン。

 敵の姿が見えなくとも、フルカスは裂ぱくの気合いを込めて、剣を振り下ろす。脆くなった魔物の甲羅は、一撃で音を立てて砕かれた。
 フルカスの剣は、一段と威力が増したようだ。


イングリッシュパーラー

2021/07/18

11. アッサラーム

【アリアハン暦 1274年8月中旬】

 父さんが向かったというイシスの国。
 ロマリア王の話によると、イシスのピラミッドにはたくさんの宝物が眠っているのだとか。父さんは、オーブがそこにあると見当をつけたのだろう。

 アリアハンを発って、すでに四ヶ月が過ぎていた。海峡を越え、北大陸から中央大陸へ。

 イシスへ行くには、砂漠を越えることになる。
 途中、重装備のキャラバンに出会った。キャラバンは、商人の他、護衛のために雇われた戦士や魔法使いたち、総勢20人ほどの大規模なもので、12頭のラクダを従え、その背に様々な武器や防具を積み込んでいた。

 キャラバンの隊長はフルカスと同じくらいの年で、大柄な戦士だ。彼は、砂漠の魔物は強いので気をつけろ、と忠告してくれた。今のぼくたちの装備では心もとない、とも。

 隊長が見せてくれた大ばさみという武器は、大きな刃が二枚ある。重過ぎてぼくには使いこなせそうにないが、フルカスはその武器に興味を持ったらしい。


【アリアハン暦 1274年9月1日

 ロマリアを出発して22日目。
 日が西に傾く頃、イシスとの中継地点、アッサラームに到着した。

 この街はさまざまな店が立ち並び、とても活気に満ちている。夜になるとさらに賑わい、明け方まで楽しめる歓楽街だという。

 武器を探しに、ぼくたちは派手な看板を掲げた武器屋を覗いてみた。

「おお、ワタシの友達! お待ちしてました!」

 五本の指すべてに華美な指輪をはめた中年男が、もみ手をしながら店の奥から現れた。  身なりも態度もなんとなくうさんくさい上、店にある品も、とんでもない高値が付けられている。

 大ばさみが8000ゴールド。キャラバンの隊長が教えてくれた相場とは、ほど遠い金額だ。フルカスのために買いたかったけど、こんなに値が張るんじゃ、とても手が届かない。

 武器を諦め、宿屋の手配を済ませた頃には日が暮れかけていた。
 物珍しく思いながら、ますます活気づいていくアッサラームの街を仲間たちとともに散策する。
 夜にこんなに賑わっているなんて、アリアハンでは考えられない。

 ひときわ大きな店は、街の中心にあるナイトクラブ。中を覗いてみると、ルイーダの酒場とは比べ物にならないほど広い。
 前方に設けられた舞台の上では、ベリーダンスが始まっていた。

 舞台の近くは既に満席状態だったものの、壁際のテーブルが空いていると言われ、よく分からないうちに椅子に座っていた。踊り子たちと観客が醸し出す熱気に、頭がのぼせそうになる。

「そら、冷えててうまいぞ」
「……ビアーだろ、それ」

 躊躇するぼくのグラスに、フルカスが琥珀色の飲み物を注ぐ。
 アリアハン法では、成人と認められるのは十六歳。法律上、ぼくは酒を飲める年齢に達している。アッサラームではどうか知らないが、この場所に咎められず入れたことを思うと、おそらく大丈夫なんだろう。

 ぼくはビアーを少しずつ口に入れた。初めて飲む冷たいそれは、火照った体に染み渡り、喉を潤してくれる。

「あんたは駄目よ、カダル」

 ワインに手をのばそうとしたカダルは、フォンにグラスを取り上げられた。十五歳のため、あとわずかに年齢が足りない。

「ひでえっ! 俺だって、アレルとそんなに違わないのに」

 ジュースを押し付けられ、カダルが不貞腐れる。正直、酒はそんなに美味しいと思わないので、ぼくもどちらかというとジュースのほうがいいんだけど。


イングリッシュパーラー

2021/07/17

10. ノア二ールの村

 盗品の詰まった宝箱を馬の背に積み、シャンパーニの塔を後にして、ロマリアへ戻る。

 妖精の姿が映るあの不思議なルビーは、『夢見るルビー』だと文献で分かった。もとはエルフの至宝らしい。
 いつどうやってカンダタの手に渡ったのかは分からないものの、残された手紙から、エルフの娘が持っていたのだろうと推測できる。

 当初は、まっすぐイシスへ行く予定だったが、夢見るルビーをエルフに返さねばならない。とはいえ、エルフの隠れ里の場所など見当もつかないし、唯一の手掛かりはノアニールの村にある。

 礼をしたいからと王に引き止められ、数日ロマリア城に滞在した後、ぼくたちはノア二ールへと向かった。


【アリアハン暦 1274年6月下旬】

 カザーブの北、北大陸北西の半島に、ノア二ールの小村があった。

 朝靄のかかる中、村に入って、言葉を失ってしまう。
 そこは、まさに動くものが何一つない、止まった村だった。風の流れさえも感じられない。

 道の真ん中で、店先で、村人や動物たちがすべてが眠っている。死んでいるわけではなく、みな仮死状態だ。
 通りに面した広場には、手を取り合ったエルフと人間の彫像が建てられている。

 『エルフと人間の交流を願って』

 碑文に刻まれているのは、ノアニールの村人たちの願いだろう。
 ぼくは、アンの手紙と一緒に、夢見るルビーを像の前に置いた。いつかこの彫像のように、エルフと人間が仲良くなれる日が来ればいい。そう祈りながら。


幕間:ノアニールの司祭

 長きに渡り、時を止めていたノアニールの村が再び動き出したのは、四人の旅人たちのおかげだろう。
 彼らは、この村が目覚めるほんの少し前に、村を去ってしまわれた。村全体の時間が進み出したその瞬間を、彼らが目にすることはなかった。

 そして、眠りから覚めたノアニールが、これから受けることになる様々な試練もまた、知る由もない。

 止まっていた時間はあまりにも長く、そのため、目覚めた後の揺り返しがどれほどのものか。外界の者には想像もつくまい。
 我々ノアニールの民は、厳しい現実に耐えていかねばならぬ。

 といって、あの四人の旅人を恨んでいるのでは、決してない。
 止まった時間は、いつかは動く。穏やかな眠りの時間が長ければ長いほど、夢の終わりに待ち受ける痛みは大きいものだ。

 彼らには、心から感謝を捧げたい。時間から置き去りにされていた、このノアニールを救ってくれた若き勇者たちに。
 どうか、ご武運を。


イングリッシュパーラー

2021/07/14

9. 決着、そして

 ギリギリのところで、形勢が逆転した。火傷を負ったカンダタに、反撃の様子はない。
 とはいえ、ぼくのほうも、フルカスに肩を借り、やっと立ち上がれるような状態だった。

「ちっ、仕方ねぇ……。探し物は、そこの宝箱の中だ。勝手に持ってきな」

 床にのびている子分たちに目をやり、カンダタは吐き捨てるように言った。

「オーブ……、もあるのか?」
「オーブだぁ? そんなもんあったら、ここにはいねえよ」

 言い方からすると、カンダタもオーブの存在を知っている。
 底の知れない男だ、と思った。剣技では、ぼくはカンダタに太刀打ちできなかった。こちらを殺す気などなく、ある程度痛い目を見せて、諦めさせるつもりだったのだろう。

 部屋の隅には、衣装箱ほどの大きさの宝箱があった。鍵が掛かっていたが、フルカスが剣の柄で叩くと鍵は簡単に外れた。

 宝箱の中には、数多の宝石に埋まるようにして、金の冠が入っていた。その傍に、ひときわ輝く長方体の赤いルビーがある。

 ルビーを手に取り光にかざすと、どういう仕掛けか、内側に妖精の像が映って見えた。下に、四つ折りにした古い手紙が一緒に置かれている。

『わたしたちはエルフと人間
この世で許されぬ愛なら、せめて天国で一緒になります
   アン』

 手紙には、そう書かれていた。
 エルフと人間  そこで、ふと、カザーブで聞いたノアニールの話を思い出す。

 ほんの少しの間、ぼくたちは宝箱に意識が向いていた。なんとその隙に、忽然とカンダタの姿が消えていた。

 ここは塔の最上階。通路を見回しても、誰もいないばかりか足音も聞こえない。
 窓辺を確認し、頑丈そうな縄が地面に届くほどに垂れ下がっているのに気付く。どうやら、見事に逃げられてしまったらしい。


イングリッシュパーラー

2021/07/13

8. シャンパーニの塔

 カザーブの村で、不思議な話を耳にした。

 ここより北にある、ノア二ールの村では、人間はもちろん、すべてが眠り、時間が止まっているという。
 最近のことではなく、もう何年もずっと。村が、エルフの呪いを受けたと噂されている。

 近隣にエルフの隠れ里があり、ノアニールの村の青年とエルフの女王の娘が愛し合うようになった。けれど、しょせんはエルフと人間。
 エルフの女王に咎められた娘は、エルフの宝を持って青年とともに姿を消し、悲しみにくれたエルフの女王は、人間を恨み、ノアニールの村に眠りの呪いをかけたのだ、と。

 なんだか、まるでおとぎ話だ。


【アリアハン暦 1274年5月下旬】

 この辺りの地理に詳しいフォンに先導してもらい、西に向けて馬を走らせた。

 カンダタの根城、シャンパーニの塔は、沿岸ぎりぎりに位置する強固な石造りの塔だった。海を背にした塔は、背後から攻め込まれる心配がない。

「ここで待っていてくれよ」

 ぼくは少し離れた藪の中に馬をつなぎ、不安そうな目を向ける馬のたてがみを撫でた。

 塔の外に見張りの姿はなく、難なく内部へ入れた。中は見た目より広く、階ごとに小部屋がいくつもある。人がいるのかいないのか、物音は何もしない。

 気配を探りながら、最上階まで上ると、明かりがもれている部屋があった。大勢の男たちの話し声が聞こえ、ぼくは仲間たちと顔を見合わせて頷いた。

「なんだ、てめえらは!?」

 いきなり飛び込んだぼくたちに、さすがに驚いたのだろう。頭巾をかぶった大男が、低い声をとどろかせた。

 ロマリアの近衛隊が見せてくれた、手配書の男。カンダタに違いない。
 周囲にいる手下は、10人程。

「ぼくは、アレル。勇者オルテガの息子だ! 金の冠を返してもらおう」
「オルテガの? いい度胸だが、素直に返すと思うのか」

 お決まりの台詞と同時に、飛んでくる鋭い手刀。危うくかわしたが、カンダタは巨体に関わらず身のこなしが速い。子分らの相手をフルカスたちに任せ、ぼくはカンダタと対峙する。

 カンダタの拳の先に何かが閃き、咄嗟に剣を抜いて受け止めた。キンと甲高い音とともに、三本のかぎ爪が剣と絡み合う。武闘家が使う武器『鉄の爪』だ。

 鉄の爪が脇腹をかすめた時、革の鎧がぱっくりと口を開いた。滲み出す血に、冷や汗が流れる。力では、到底敵わない。
 肩や腕を鉄の爪が切り裂いていく。けれど、殺す気はないのか、とどめを刺そうとはしない。

 かぎ爪の方に気を取られ、カンダタの左手から繰り出された突きをもろに食らった。痛みに体を折り曲げたぼくの手から剣が落ち、カランと床に転がる。

「悪ぃな、小僧」

 鉄の爪を外し、これで終わりとばかりに腹を蹴り上げようとする。
 カンダタの足が近づいたその瞬間、ぼくは残った最後の力でメラの火球を放った。


イングリッシュパーラー

2021/07/11

7. カザーブの村

【アリアハン暦 1274年5月中旬】

 ロマリア西部には、険しいロマリア山脈が連なる。カンダタが潜伏しているシャンパーニの塔へ行くには、北回りに迂回しなければならない。

 ロマリアの近衛隊と対策を練り、北にあるカザーブの村を経由して行くのがよいという話になった。
 隊を率いて一緒に行くと言い張る近衛隊長を押し留め、ぼくたち4人だけで向かうと告げる。大勢で動くのは、あんまり得策じゃない。

 ロマリアで食料と馬を調達し、まずはカザーブを目指す。
 街を出てすぐに、イモムシのような形のキャタピラーとゾンビ化した野犬バリィドドッグの群れに襲われた。

 バリィドドッグは、こちらの守備力を下げるルカナンの呪文を使う。奴らの鋭い爪で、革の鎧は簡単に引き裂かれた。
 この付近は強い魔物たちが出没する。魔物に苦戦を強いられ、予定より数日遅れてカザーブの村に着いた。

 カザーブは、フォンの生まれ故郷。山間のわずかなすきまにあるその村は、とてものどかだった。


幕間:フォンの追想

 カザーブには、たくさんの思い出がある。孤児だったあたしを育て、拳法と気功術を教えてくれたのは、名高い武闘家だったキライ老師だ。

 老師はことあるごとに、あたしに言った。
「いつの日か、闇払う勇者が現れる。その時、お前の力が必要になるのだ」と。

 子供の頃は、その意味が分からなかった。分からなくても、拳法が好きだったから、修行に励んできた。

 そして老師は、あたしにアリアハンへ行くよう告げた。老師が既に病魔に身体を蝕まれていることを、あたしは気づけなかった。

 故郷を訪れたところで、老師はもういない。勇者も、運命も、関係ない。あたしは自分の力を試したいだけ。

 それでも、こうして勇者オルテガの息子と旅をしているのは、少しでも老師への恩返しになるかもしれない。


イングリッシュパーラー

2021/07/10

6. 宝珠(オーブ)

【アリアハン暦 1274年4月20日】

 街の大通りをまっすぐ進んだところに、ロマリア城がある。見事な彫刻が施された真っ白い城門、頑丈そうな吊り橋。
 アリアハン城も美しく荘厳だが、この城はそれ以上だ。

 街は、最近、カンダタという盗賊の噂で持ちきりだった。
 ロマリアの城までも盗難に遭い、城内の宝物をごっそり持ち去られたという。あろうことか、王の象徴である金の冠までも。

 カンダタは、西にあるシャンパーニの塔を根城にして、付近の町や村を荒らしまわっているらしい。貴族や金持ちばかりを狙うので、巷では義賊ともてはやす者もいる。

 ロマリア王チャトブラン三世はアリアハン王の盟友。父さんも、ロマリア王とは面識があったと聞く。

 恰幅がよく、黒い鬚をたくわえたロマリア王は、どこかいたずらっ子のような雰囲気だった。そしてぼくの顔を見ては、本当にオルテガに似ている、と何度も仰られた。

「アレルよ。わしは前からそなたのような若者を跡取りにと思っておったのだ。どうじゃ、ここに落ち着き、わしの代わりに国を治めてくれぬか」

 いきなりそう言われた時には、驚いたなんてものじゃない。本当にこの王様は冗談好きで気さくな方だ。

 それでも、カンダタの話になると、眉間にしわを寄せて表情を曇らせた。金の冠だけでなく、カンダタは世界中の貴重な宝を盗み集めているという。

 父さんは旅の途中にロマリアへ立ち寄り、『オーブ』を探すため、イシスの国へ向かうと告げたそうだ。ネクロゴンドへ行くには、オーブが必要なのだとか。

 金の冠を取り戻して欲しい、もしかすると、父さんが探していたオーブもカンダタに持ち去られているかもしれない。
 真剣な顔で王にそんな風に頼まれては、さすがに断るわけにはいかなかった。


イングリッシュパーラー

2021/07/07

5. ロマリア

 魔物を倒しながら、薄暗い洞窟を進む。ようやく辿り着いた洞窟の最奥にあったのは、石造りの井戸のようなもの。中には澄んだ水がたたえられていた。
 レーベの長老の話によれば、これが旅の扉だ。

 旅の扉に飛び込んだ時、暖かな光が体の中を通り過ぎるような感覚があり、次の瞬間、まさにほんの一瞬の間に、ぼくたちは海を越えて一面の草原の中にいた。

 夢かと思ったけど、夢ではない。頬をなでる風が、少し冷たかった。

 扉は、一方通行にしか開かない。周囲を見回しても、旅の扉の形跡はどこにも見つからなかった。

 もう日が落ちかけ、じき夜が来る。
 西の方角に小さく城が見えた。ロマリアだろう。

 暗くなる前に街へ着かないと、また魔物に襲われかねない。疲れた体を引きづるようにして、ぼくたちは城を目指して歩き出した。



 ロマリアは、北大陸最大の国で、城を中心とした城塞都市として知られる。
 日が暮れても街は賑わい、開いている店も何件かあった。ふと見ると、大通りの魚屋の店先に、青っぽいクラゲのようなものが並べられていた。

「そこの旅の人。ロマリア名物マリンスライムはどうだい」

 店の主人が、濡れた手をエプロンでぬぐいながら勧めてくる。
 両手で口元を押さえるカダルの横で、ぼくも思わず顔をしかめそうになった。しびれクラゲと違ってマリンスライムに毒はなく、案外珍味らしい。
 そう言われても、到底食べる気は湧いてこないけれど。

 宿屋では、ぼくたちがアリアハンから来たと告げると、たいそう驚かれた。旅の扉が閉ざされて以来、アリアハンからの旅人はとても珍しいのだそうだ。

 十年ほど前に屈強な勇者がひとり、アリアハンから来たのが最後だった、とのこと。

「勇者……どんな人ですか?」
「名前は忘れたが。そういえば、お前さんにそっくりだよ」

 宿屋の主人は、よく覚えていると言って、旅人のことを話してくれた。
 癖のない黒髪、澄んだ暖かな双眸、穏やかな立ち居振る舞い。それは、ぼくの記憶にある父の姿とまったく同じものだった。


イングリッシュパーラー

2021/07/06

4. 幕間:フルカスとカダルの追想

フルカスの追想

 アリアハンにこの人ありと言われた、歴戦の勇者オルテガ。その偉大な勇者に、俺は子供の頃から憧れていた。

 腕が立つだけじゃない。あの人は他人を包み込む温かさ、思いやり、そして信念を貫き通す強い意志と、勇気を持っていた。

 魔物と闘い、火山の火口に落ちて死んだというが、俺には信じられない。あれほどの勇者が。

 ノヴァク王から頼まれるまでもなく、俺も勇者オルテガの意に添い、魔王討伐の旅に出たいと考えていた。
 そして今、ようやく念願が叶った。

 オルテガの息子は、少しづつ腕を上げてきてはいるが、まだとても勇者とは呼べず、父親に遠く及ばない。

 それでも、いつの日か立派な勇者になるのだろうか。
 オルテガのように、誰をも惹き付けるような、強く優しい男に。


カダルの追想

 レーべで忠告された通り、いざないの洞窟の中は魔物がゴロゴロいた。

 最初に襲ってきたのは、毒の息を吐くバブルスライム。それを、フルカスが一刀両断。フォンも強い。なんでも、魔物の “気” の流れを読むことができるんだとか。

 アレルは、やっぱり、あのオルテガ様の息子だ。回復魔法まで使えるとは思わなかった。
 今のところ、幸か不幸か、おれの出る幕はそんなにない。

 おれの両親は、ずっと昔魔物に殺された。人が死ぬのはもう見たくない。おれは神父のじいちゃんの跡を継いで、僧侶になった。僧侶なら、回復魔法を使えるから。

 唯一の身内だったじいちゃんも魔物に襲われて、おれは魔物に復讐を誓った。

 ルイーダの酒場で勇者オルテガの息子に出会えたのは、神様のお導きってやつだろう。
 攻撃魔法は、少し前に真空呪文のバギマを修得した。もっともっと強力な攻撃呪文を使えるようになりたい。

 まずは、魔物だらけのこの洞窟を抜けるのが最初の修行だ。


イングリッシュパーラー

3. いざないの洞窟

【アリアハン暦 1274年4月17日】

 通りを行き交う人々、店の賑わいや立ち並ぶ家々。
 そんな当たり前の光景が、なんだかうれしい。

 ようやくレーべに着いたぼくたちは、村の宿屋で久しぶりに安心して体を休めることができた。

 食堂で夕食をとった後、ベッドに腰かけて、ぼくはこの記録書を書いている。
 ひどく眠いので、横になったらすぐ眠ってしまうだろう。


【アリアハン暦 1274年4月18日】

 海を越える方法は、ただ一つ。いざないの洞窟にある『旅の扉』を通れば別の大陸に出られると、レーベの長老が教えてくれた。

 洞窟がある岩山は、村からでも一望できる距離だ。しかし途中の岩場は険しく、いざないの洞窟は今や魔物の巣窟となっている。

 ぼくたちはレーべの道具屋で、山越えに必要な装備を整えることにした。

 こんなの似合わないのに、とカダルはぶつぶつ文句を言いながらも、新調した革の鎧を身に着ける。ぼくも、旅人の服から革の鎧に着替えた。

 フルカスは近衛兵の立派な鉄の鎧を着けているし、フォンは重い鎧など邪魔なだけらしい。速さが落ちるほうが、武闘家にとっては命取り。そう言って、鎧はおろか防具さえ持とうとしない。
 確かに、鎧を身に着けているぼくたちは、彼女ほど身軽には動けないのだが。

 朝のうちにレーベを出発して、正解だった。

 まさか、切り立った岩山を、わずかな足場を頼りに何時間もかけて登るはめになるとは思わなかったけれど。

 10センチでも外に足を踏み出したら、まっ逆さまに落ちかねない危険な断崖絶壁もあった。まったく生きた心地がしない。

 目的地に辿り着いたのは、日もだいぶ傾いた頃。水面がきらきらと輝く泉が湧き、泉のそばに、苔むした洞窟が怪しく口を開けていた。

 旅の扉は、この洞窟の奥にある。昔は旅人が自由に行き来していたが、かつての戦争の折に封印され、今ではそんな通路があることさえ忘れ去られてしまった。

 レーベの長老の話によれば、旅の扉は、北大陸のロマリアへとつながっている。


イングリッシュパーラー