魔物を倒しながら、薄暗い洞窟を進む。ようやく辿り着いた洞窟の最奥にあったのは、石造りの井戸のようなもの。中には澄んだ水がたたえられていた。
レーベの長老の話によれば、これが旅の扉だ。
旅の扉に飛び込んだ時、暖かな光が体の中を通り過ぎるような感覚があり、次の瞬間、まさにほんの一瞬の間に、ぼくたちは海を越えて一面の草原の中にいた。
夢かと思ったけど、夢ではない。頬をなでる風が、少し冷たかった。
扉は、一方通行にしか開かない。周囲を見回しても、旅の扉の形跡はどこにも見つからなかった。
もう日が落ちかけ、じき夜が来る。
西の方角に小さく城が見えた。ロマリアだろう。
暗くなる前に街へ着かないと、また魔物に襲われかねない。疲れた体を引きづるようにして、ぼくたちは城を目指して歩き出した。
ロマリアは、北大陸最大の国で、城を中心とした城塞都市として知られる。
日が暮れても街は賑わい、開いている店も何件かあった。ふと見ると、大通りの魚屋の店先に、青っぽいクラゲのようなものが並べられていた。
「そこの旅の人。ロマリア名物マリンスライムはどうだい」
店の主人が、濡れた手をエプロンでぬぐいながら勧めてくる。
両手で口元を押さえるカダルの横で、ぼくも思わず顔をしかめそうになった。しびれクラゲと違ってマリンスライムに毒はなく、案外珍味らしい。
そう言われても、到底食べる気は湧いてこないけれど。
宿屋では、ぼくたちがアリアハンから来たと告げると、たいそう驚かれた。旅の扉が閉ざされて以来、アリアハンからの旅人はとても珍しいのだそうだ。
十年ほど前に屈強な勇者がひとり、アリアハンから来たのが最後だった、とのこと。
「勇者……どんな人ですか?」
「名前は忘れたが。そういえば、お前さんにそっくりだよ」
宿屋の主人は、よく覚えていると言って、旅人のことを話してくれた。
癖のない黒髪、澄んだ暖かな双眸、穏やかな立ち居振る舞い。それは、ぼくの記憶にある父の姿とまったく同じものだった。