2021/07/17

10. ノア二ールの村

 盗品の詰まった宝箱を馬の背に積み、シャンパーニの塔を後にして、ロマリアへ戻る。

 妖精の姿が映るあの不思議なルビーは、『夢見るルビー』だと文献で分かった。もとはエルフの至宝らしい。
 いつどうやってカンダタの手に渡ったのかは分からないものの、残された手紙から、エルフの娘が持っていたのだろうと推測できる。

 当初は、まっすぐイシスへ行く予定だったが、夢見るルビーをエルフに返さねばならない。とはいえ、エルフの隠れ里の場所など見当もつかないし、唯一の手掛かりはノアニールの村にある。

 礼をしたいからと王に引き止められ、数日ロマリア城に滞在した後、ぼくたちはノア二ールへと向かった。


【アリアハン暦 1274年6月下旬】

 カザーブの北、北大陸北西の半島に、ノア二ールの小村があった。

 朝靄のかかる中、村に入って、言葉を失ってしまう。
 そこは、まさに動くものが何一つない、止まった村だった。風の流れさえも感じられない。

 道の真ん中で、店先で、村人や動物たちがすべてが眠っている。死んでいるわけではなく、みな仮死状態だ。
 通りに面した広場には、手を取り合ったエルフと人間の彫像が建てられている。

 『エルフと人間の交流を願って』

 碑文に刻まれているのは、ノアニールの村人たちの願いだろう。
 ぼくは、アンの手紙と一緒に、夢見るルビーを像の前に置いた。いつかこの彫像のように、エルフと人間が仲良くなれる日が来ればいい。そう祈りながら。


幕間:ノアニールの司祭

 長きに渡り、時を止めていたノアニールの村が再び動き出したのは、四人の旅人たちのおかげだろう。
 彼らは、この村が目覚めるほんの少し前に、村を去ってしまわれた。村全体の時間が進み出したその瞬間を、彼らが目にすることはなかった。

 そして、眠りから覚めたノアニールが、これから受けることになる様々な試練もまた、知る由もない。

 止まっていた時間はあまりにも長く、そのため、目覚めた後の揺り返しがどれほどのものか。外界の者には想像もつくまい。
 我々ノアニールの民は、厳しい現実に耐えていかねばならぬ。

 といって、あの四人の旅人を恨んでいるのでは、決してない。
 止まった時間は、いつかは動く。穏やかな眠りの時間が長ければ長いほど、夢の終わりに待ち受ける痛みは大きいものだ。

 彼らには、心から感謝を捧げたい。時間から置き去りにされていた、このノアニールを救ってくれた若き勇者たちに。
 どうか、ご武運を。


イングリッシュパーラー