2021/07/31

15. 港町ポルトガ

【アリアハン暦 1274年10月20日】

 イシスを後にし、ぼくたちはポルトガという港町を目指した。北大陸から大海を渡らねばならないのだが、そのための船はポルトガからしか出ていない。

 岩山に囲まれたその港町への唯一の街道は、ロマリアから入るしかなかった。 
 ロマリア・ポルトガ間の街道は、岩山をくりぬいて作られたトンネルになっている。 岩山のトンネルを抜ければ、そこはすでにポルトガ領だ。

 三方が大河に囲まれているため、昔から造船が盛んだという。ポルトガの漁港には多くの船が停泊し、魚が陸揚げされていた。
 新鮮な魚料理をふるまう料理屋が軒を並べ、ちょうど昼時ということもあり、あちこちからいい匂いが漂う。

 こじんまりした食堂に入ったぼくたちは、テーブルに並べられた料理に舌鼓を打った。野菜と豆の煮物、具だくさんのシーフードスープ、大きな葉で巻いた蒸し魚。
 どれも美味しいけど、なんだか味が物足りない。香辛料を使っていないからだろう。

 料理を運んでいる店員に尋ねてみると、この国には黒コショウがないそうだ。
 美食家として知られるポルトガ王は、黒コショウを手に入れるため、原産地バハラタと貿易協定を結びたがっている。だが近辺は魔物たちが多く、うまくいかないらしい。

昼時のピークが過ぎても、ぼくたちが入った店は客足が途絶えることはなかった。
 食事を終えた頃、決して静かとはいえない店内で、ひときわ大きながなり声が奥のテーブルから聞こえてきた。

 騒いでいるのは、いかにもチンピラといった風体の男。グラスの水が服にかかったのどうのと、若い商人風の男に難癖をつけている。
 他の客たちは見て見ぬふりを決めこみ、店員はおろおろとするばかり。ぼくは椅子から立ち上がると、彼らの間に割って入った。

「やめてください。他のお客さんに迷惑です」
「なんだ、てめぇは?」

 チンピラ男は酒臭い息を吐きかけて、ぼくをじろりと睨んできた。昼間から、酔っ払っているようだ。

「手加減してやれよ、アレル」

 席を立つこともなく、フルカスがしれっと声をかける。カダルもフォンも、手を貸してくれる気はないらしい。

(……いいけどね)

 軽く肩を竦めたぼくを見て、バカにされたと思ったんだろう。男は、禿げかかった広い額に青筋を立てて殴りかかってきた。
 拳をひょいと避け、男のみぞおちを剣の柄で打つ。チンピラ男は、低く呻いてあっけなくのびた。

 他の客や店員たちが拍手をくれる中、からまれていた商人の青年は、ぼくに深々と頭を下げて何度も感謝の言葉を口にする。

 青年は、バハラタの商人でダムスと名乗った。黒コショウの産地として知られる東方の国バハラタから、黒コショウ貿易の契約を取り付けにやってきたのだという。

 上手く契約がまとまり、目的は果たせたものの、魔物の被害で、当面ポルトガからの船の運航が休止になり、バハラタに戻れなくなったのだとか。つまり、ぼくたちも、海を渡る手段を絶たれたことになる。

 互いに状況を確認し合ううち、ダムスはひとつ提案してくれた。海路が無理でも、バハラタまでなら陸路がある。
 海以上に魔物が多いため、とても商人一人では無理だが、ぼくたちが同行し、バハラタへ行けば、そこから海を渡る船を出せるとのこと。まさに渡りに船の話だ。


イングリッシュパーラー