【アリアハン暦 1274年11月5日】
バハラタへ向かう陸路で、一番の難所がアッサラーム東のバグラ山系だ。魔物も襲ってくる中での山越えは、商人のダムスにはきつい。
そのため、適度に休みを入れながら、夜はいつも早めに野宿の準備に取り掛かる。
夜半過ぎ、カダルと見張りを交代するためぼくが起き出した頃、カダルはダムスと火の側で語らい合っていた。何日かともに過ごせば、気心も知れてくる。
「へえ。じゃあ、恋人がバハラタで待ってるんだ」
「ええ。きっとタニアは、ぼくが戻らないので心配してるでしょう」
二人は、ダムスの故郷、バハラタのことを話していたらしい。ぼくは見張りの交代をカダルに告げ、ダムスにも寝るように促した。眠っておかないと、明日の行程が辛くなる。
「恋人かー。いいなー、なあ、アレル」
「なんで、ぼくに振るんだよ」
寝床へ向かいつつ、カダルが同意を求めてくる。
「こんな旅してたら、恋もできないよな。そうだろ、アレル」
「……だから、なんでぼくに振るんだ」
いつにも増して、カダルの様子がおかしい。村を出る時、女の子たちにさんざん泣かれただのなんだのと話すカダルの横に、酒瓶が転がっていた。気付けや火をおこすために、わずかながら常備していたものだ。
たいした量ではないけれど、カダルはそれを飲んで、こうなったに違いない。
「まったく……。フルカスたちには黙っててやるから、早く寝ろよ」
呆れて空瓶を拾い上げるが、カダルはいっこうに口を閉ざさなかった。
「アレルも16だよなー。その歳まで好きな奴いないってのも、なんだかなー」
半分絡み酒だ。このままでは埒が明かないと思い、仕方なく眠りの呪文ラリホーを唱える。 静かになったカダルに毛布を掛けて、ぼくはひとり火の番に付いた。
幕間:アレルの追想
時折、不思議な夢を見る。
今よりも少し大人になったぼくが、大きな鳥の背に乗り、大空を飛んでいた。その横に寄り添うようにして、ぼくに笑いかける女性。
炎のように紅く長い髪が、柔らかに風になびく。けれど女性の顔は思い出せない。夢なんて、そんなものだろう。
夢の中のぼくは、そのひとをとても大切に思っている。朝目覚めたときに、まだ胸に残る苦しいほどの切なさが、それを物語っていた。
また、ある夜の夢では、ぼくは別のぼくだった。以前より少し距離を置いて、それでもやはり、その女性はぼくの傍にいた。
互いの立場が少し違うらしく、そのひとの前にぼくは片膝をついて仕えている。隣に並び立つことができなくても、気持ちはずっと変わらない。多分、彼女のほうも。
旅に出てから、この夢を見ることが増えた。
あるいは、何かの暗示で、旅を続けていれば、いつかその女性に会えるのかもしれない。
けれど、霧の中を歩くかのように、はっきりしたものは何も見えなかった。
