幕間:カンダタの追想
(早く帰ってやらんとな……)
肩にかついだマッドオックスを抱え直し、俺は野道を急ぐ。
小型の牛に似たこいつは、肉が少し固いが、結構味はいい。
腹を空かせたガキどもが待っているし、先日助けた娘はまだ脚が不自由な身だ。たんと栄養をつけさせて、早く怪我を治してやらねばならない。
以前のように盗みをすりゃ、食糧も簡単に手に入るが、もう俺は盗賊から足を洗っていた。 シャンパーニの塔でこの俺を初めて負かした小僧は、オルテガの息子だと名乗った。勇者オルテガのひとり息子だ。
あの後、俺はあれこれ考えた。塔から逃げた俺に追っ手をかけなかったのは、何故なのか。体力が消耗しきっていたにしても、ロマリア兵に俺を追わせることもできたはずだ。なにせ、俺もあのときはかなり痛手を負ったのだから。
要するに、あえて見逃したのだろうという俺の推測は、あながち外れちゃいまい。
いい目をした小僧だった。あの真っ直ぐさは、オルテガ譲りだろう。
盗みを働くことに嫌気がさし、今ここでガキどもの世話をしている己の姿は、俺自身でも笑ってしまう。だが、それが不快ではないのは、あの小僧と出会ったせいか。
いつかあいつは、父親を越える男になるかもしれない。その日を見届けたいと思うのは、俺としちゃ、えらく珍しいことに違いなかった。
洞窟に戻ってきたその男は、ぼくたちの姿を認めた途端、表情を凍りつかせた。
カンダタにとっても、思いも寄らない再会だったろう。
タニアさんやリトには、カンダタとぼくたちはちょっとした知り合いだと告げた。カンダタが盗賊だったことには、いっさい触れない。
慕っている子供たちの前で、過去の因縁を持ち出すのは酷だ。
今日はもう遅い。カンダタは、明日タニアさんをバハラタへ戻すことを了承し、ぼくたちに洞窟に泊まるようにと場所を提供してくれた。
もともとそれほど悪い奴じゃないと思っていたけど、その変わり身にやはり驚いてしまう。
翌朝、まだ野道をひとりで歩くことは無理なタニアさんを軽々と肩に乗せると、カンダタは心配げなリトの頭をくしゃりと撫でて洞窟を後にした。
バハラタへ向かう道中、ぼくたちは互いに特に口を開くこともなかった。タニアさんは、どこか不自然な空気を感じ取ったかもしれないが、あえて何も聞かない。
「お前、まだオーブを探してるのか?」
「え、あ、うん」
ふいにカンダタに問われ、言葉に詰まる。
「ある筋から聞いたんだがな、ランシールの神殿にオーブがあるらしい」
南の海にある島国、ランシール。ぼくたちのために、オーブの情報を集めてくれたようだ。思いがけない言葉に目を丸くしていると、カンダタは自嘲気味に笑った。
信じるもよし、信じないもよし。
ありがとう、とぼくは素直な気持ちで礼を言った。今のカンダタは盗賊ではない。タニアさんや子供たちに、不器用ながらも優しく接していたし、昨夜のマッドオックスの煮込みもとても美味しかった。
それから後、バハラタにタニアさんを連れ帰った以降の話は、ぼくがここに詳しく書くつもりはない。ダムスが書き記してくれるだろうから。
タニアさんとダムスはバララタで互いの無事を喜び合い、それを機に、聖なる洞窟の人さらいの噂も聞かれなくなった。
さらに、バハラタとポルトガ間の黒コショウ貿易が始まった。
貿易協定を成立させた功績で一躍有名人になったダムスは、ポルトガ王からも絶大な信頼を得て、王の勧めで東方の国バハラタを紹介する書物を記すそうだ。
バハラタを訪れた旅人という体で書かれたその物語は、題名を『東方見聞録』という。
