【アリアハン暦 1275年1月7日】
新しい年は、海上で迎えた。
海賊船はランシールに向けて、ネクロゴンド大陸を右手に見ながら南下していた。船室の窓から、黒々としたその大陸を見つめていると、居ても立ってもいられない気持ちになる。
この大陸のどこかに、魔王バラモスがいる。ネクロゴンド大陸は海岸線が切り立った崖のため、船で近づくことは不可能だ。
テドン河の東には山脈が連なり、魔王の出現以来、来る者を拒む天然の要塞となっている。陸からも海からも、侵入する術がない。
バラモスの地へ行くには、オーブが必要だと言われた。早くオーブを手に入れなければ。
ぼくはぎゅっと拳を握り締めた。言いようのない感情が、全身を駆け巡る。
船室のドアが叩かれ、オルシェが入ってきたことにも気付かず、ぼくは眼前のネクロゴンドを見据えていた。オルシェに名を呼ばれ、はっと我に返る。
「悪いけど、甲板に来てくれるかい。ちょいと変なんだ」
眉を寄せてそう告げられ、不安がよぎる。甲板に上がると、フルカス、フォン、カダルの三人の姿も既にあった。
夜の海は暗く、不気味なほどに凪いでいる。
「あの明かりなんだけどね」
オルシェの指し示す方向に目を凝らせば、岬の側に町明かりらしきものが見えた。けれど、そのあたりに人はいないはずだと言う。
かつてはテドンという村があったが、その村は何年も前に魔物の襲撃に遭い、全滅したのだ、と。
岬付近なら、テドン河をさかのぼれば、船をつけられる。上陸して様子を調べたほうがいいかもしれない。
幕間:オルシェの追想
勇者オルテガの息子だという男、アレル。魔王バラモスなんて、あたいたちの知ったこっちゃないけど、カンダタの頼みだし、奴を負かした男ってのに興味があった。
船に招いたのは、そんな理由から。
しばらく一緒に船で過ごすうち、あのカンダタが入れ込む理由が分かった気がした。アレルは、すべてを包み込む温かい眼をしてる。
あたいらのような裏稼業の者さえ、惹きつけてしまうような温かさ。
あれは、アレルたちを海賊船に乗せて、10日余り過ぎた頃。
水先案内のバーマラが、岬のそばに明かりが見えると言い出した。あたいの記憶では、このあたりに人はいない。確か、昔は村があった。小さなひっそりとした村が。
少しばかり考えて、あたいはアレルの船室のドアを叩いた。その時、アレルは、遠くに見えるネクロゴンド大陸を怖いような眼差しで見つめていた。
本当に、アレルなんだろうか。そう疑ってしまうほどに、それは、あたいが知っているいつもの優しい笑顔とはまったく違うものだった。