カザーブの村で、不思議な話を耳にした。
ここより北にある、ノア二ールの村では、人間はもちろん、すべてが眠り、時間が止まっているという。
最近のことではなく、もう何年もずっと。村が、エルフの呪いを受けたと噂されている。
近隣にエルフの隠れ里があり、ノアニールの村の青年とエルフの女王の娘が愛し合うようになった。けれど、しょせんはエルフと人間。
エルフの女王に咎められた娘は、エルフの宝を持って青年とともに姿を消し、悲しみにくれたエルフの女王は、人間を恨み、ノアニールの村に眠りの呪いをかけたのだ、と。
なんだか、まるでおとぎ話だ。
【アリアハン暦 1274年5月下旬】
この辺りの地理に詳しいフォンに先導してもらい、西に向けて馬を走らせた。
カンダタの根城、シャンパーニの塔は、沿岸ぎりぎりに位置する強固な石造りの塔だった。海を背にした塔は、背後から攻め込まれる心配がない。
「ここで待っていてくれよ」
ぼくは少し離れた藪の中に馬をつなぎ、不安そうな目を向ける馬のたてがみを撫でた。
塔の外に見張りの姿はなく、難なく内部へ入れた。中は見た目より広く、階ごとに小部屋がいくつもある。人がいるのかいないのか、物音は何もしない。
気配を探りながら、最上階まで上ると、明かりがもれている部屋があった。大勢の男たちの話し声が聞こえ、ぼくは仲間たちと顔を見合わせて頷いた。
「なんだ、てめえらは!?」
いきなり飛び込んだぼくたちに、さすがに驚いたのだろう。頭巾をかぶった大男が、低い声をとどろかせた。
ロマリアの近衛隊が見せてくれた、手配書の男。カンダタに違いない。
周囲にいる手下は、10人程。
「ぼくは、アレル。勇者オルテガの息子だ! 金の冠を返してもらおう」
「オルテガの? いい度胸だが、素直に返すと思うのか」
お決まりの台詞と同時に、飛んでくる鋭い手刀。危うくかわしたが、カンダタは巨体に関わらず身のこなしが速い。子分らの相手をフルカスたちに任せ、ぼくはカンダタと対峙する。
カンダタの拳の先に何かが閃き、咄嗟に剣を抜いて受け止めた。キンと甲高い音とともに、三本のかぎ爪が剣と絡み合う。武闘家が使う武器『鉄の爪』だ。
鉄の爪が脇腹をかすめた時、革の鎧がぱっくりと口を開いた。滲み出す血に、冷や汗が流れる。力では、到底敵わない。
肩や腕を鉄の爪が切り裂いていく。けれど、殺す気はないのか、とどめを刺そうとはしない。
かぎ爪の方に気を取られ、カンダタの左手から繰り出された突きをもろに食らった。痛みに体を折り曲げたぼくの手から剣が落ち、カランと床に転がる。
「悪ぃな、小僧」
鉄の爪を外し、これで終わりとばかりに腹を蹴り上げようとする。
カンダタの足が近づいたその瞬間、ぼくは残った最後の力でメラの火球を放った。