2021/07/13

8. シャンパーニの塔

 カザーブの村で、不思議な話を耳にした。

 ここより北にある、ノア二ールの村では、人間はもちろん、すべてが眠り、時間が止まっているという。
 最近のことではなく、もう何年もずっと。村が、エルフの呪いを受けたと噂されている。

 近隣にエルフの隠れ里があり、ノアニールの村の青年とエルフの女王の娘が愛し合うようになった。けれど、しょせんはエルフと人間。
 エルフの女王に咎められた娘は、エルフの宝を持って青年とともに姿を消し、悲しみにくれたエルフの女王は、人間を恨み、ノアニールの村に眠りの呪いをかけたのだ、と。

 なんだか、まるでおとぎ話だ。


【アリアハン暦 1274年5月下旬】

 この辺りの地理に詳しいフォンに先導してもらい、西に向けて馬を走らせた。

 カンダタの根城、シャンパーニの塔は、沿岸ぎりぎりに位置する強固な石造りの塔だった。海を背にした塔は、背後から攻め込まれる心配がない。

「ここで待っていてくれよ」

 ぼくは少し離れた藪の中に馬をつなぎ、不安そうな目を向ける馬のたてがみを撫でた。

 塔の外に見張りの姿はなく、難なく内部へ入れた。中は見た目より広く、階ごとに小部屋がいくつもある。人がいるのかいないのか、物音は何もしない。

 気配を探りながら、最上階まで上ると、明かりがもれている部屋があった。大勢の男たちの話し声が聞こえ、ぼくは仲間たちと顔を見合わせて頷いた。

「なんだ、てめえらは!?」

 いきなり飛び込んだぼくたちに、さすがに驚いたのだろう。頭巾をかぶった大男が、低い声をとどろかせた。

 ロマリアの近衛隊が見せてくれた、手配書の男。カンダタに違いない。
 周囲にいる手下は、10人程。

「ぼくは、アレル。勇者オルテガの息子だ! 金の冠を返してもらおう」
「オルテガの? いい度胸だが、素直に返すと思うのか」

 お決まりの台詞と同時に、飛んでくる鋭い手刀。危うくかわしたが、カンダタは巨体に関わらず身のこなしが速い。子分らの相手をフルカスたちに任せ、ぼくはカンダタと対峙する。

 カンダタの拳の先に何かが閃き、咄嗟に剣を抜いて受け止めた。キンと甲高い音とともに、三本のかぎ爪が剣と絡み合う。武闘家が使う武器『鉄の爪』だ。

 鉄の爪が脇腹をかすめた時、革の鎧がぱっくりと口を開いた。滲み出す血に、冷や汗が流れる。力では、到底敵わない。
 肩や腕を鉄の爪が切り裂いていく。けれど、殺す気はないのか、とどめを刺そうとはしない。

 かぎ爪の方に気を取られ、カンダタの左手から繰り出された突きをもろに食らった。痛みに体を折り曲げたぼくの手から剣が落ち、カランと床に転がる。

「悪ぃな、小僧」

 鉄の爪を外し、これで終わりとばかりに腹を蹴り上げようとする。
 カンダタの足が近づいたその瞬間、ぼくは残った最後の力でメラの火球を放った。


イングリッシュパーラー