2021/06/29

2. 旅の始まり

【アリアハン暦 1274年4月中旬】

 魔物の出没により、海を越えられる連絡船が廃止になって久しい。
 アリアハンには、大海に乗り出すような大きな船はなく、唯一大陸に渡る手段がレーベにある。

 レーべは、アリアハン大陸北部にある山間の小さな村だ。
 ずっと昔、父さんに連れられて一度訪れたことがあるものの、小さい頃だったのでほとんど覚えていない。

 ぼくたちは、レーベを目指してアリアハン街道を北上した。
 途中の村で泊まることもあったが、夜はほとんどが野宿。まだ朝晩は寒く、肌があわ立つ。

 歩きづくめの毎日で、アリアハンを発ってから10日が過ぎていた。

「あ、いてて……」

 休憩を取っていると、カダルが靴を脱いで顔をしかめた。見れば、まめがつぶれている。ぼくは皮袋から軟膏の薬を取り出して、カダルに放ってやった。

「これ、わりと効くから。塗っておくといいよ」
「サンキュ。でも、ホイミは得意なんだ」

 カダルは大岩に腰掛け、自分に向けて回復呪文を唱える。
 さすがに、フルカスは近衛隊長で体を鍛えているし、フォンははるばるカザーブの村からやってきて、長旅に慣れているらしい。

 空腹に、野営に、疲労。ぼくにとっては、旅そのものが強敵だった。

 魔物に襲われることも、何度かあった。最初に気配に気付くのは、いつもフルカスとフォン。二人は、豊富な闘いの経験と知識を持っている。

 大がらすの群れに遭遇した時、ぼくはただ力任せに銅の剣を振るった。

「アレル、大振りするな! 隙ができる」

 自分が戦っていてさえ、フルカスはこちらに気を配る。一匹目は倒せたものの、その直後に突っ込んできた敵に、ぼくは完全に無防備になった。
 まずい、と思っても、反撃できる体制じゃない。金切り声と共に、大がらすの鋭いくちばしが肩口に食い込んだ。

 バギマを唱えるカダルの声と、魔法の働く気配。目に見えない真空の刃が、魔物たちを葬り去った。

「ありがとう、助かった……」
「動くなって。ひどい傷だ」

 ホイミは得意だと言ったカダルが、回復魔法をかけてくれる。

 アリアハンを出る前は、剣技や魔法の修行を積み、毎日カインと手合わせもしていた。
 ある程度、魔物と渡り合える自信はあったのに。実戦はまったく別物だと、戦闘のたびに思い知らされる。


イングリッシュパーラー

2021/06/27

1. 16歳の誕生日

【アリアハン暦 1274年4月1日】

 その月の満月の日、ぼくは16の誕生日を迎えた。

 旅立ちの許可を得るための手紙は、あらかじめノヴァク王に渡してある。旅の供を付けると言われ、城に来たものの、その人はルイーダの酒場で待っているらしい。

 親友のカインは、お前なんかにオルテガ様の代わりが務まるものか、と言う。憎まれ口をたたいても、心配してくれているのだと分かっていた。

 今まで育ってきた街アリアハン。そして母さん。別れが寂しくないと言えば嘘になる。それでも、ぼくは行かなきゃいけない。

 皆への挨拶を済ませた後、母さんと身近な人たちだけに見送られて家を出た。あまり大袈裟にして欲しくなかったから。

(……さよなら)

 言葉には出さず、心の中だけで呟く。高揚感と不安が同じくらいの比重で、ぼくの心を占めていた。



 ルイーダの酒場には、世界中から冒険者や戦士たちが集う。

 酒場の中に入ると、見るからに屈強そうな戦士が、「こっちだ」と手を振った。髪を短く刈った、アリアハン王宮の近衛隊長フルカス。歳は25、6だろうか。

 フルカスと同じテーブルに、ぼくと同じくらいの歳の少年と少女がいた。
 少年の方は、アリアハンには珍しい亜麻色の髪を持ち、僧服をまとっている。少女は、武闘着に黒髪を両耳の上で結わえ、活発そうな瞳をこちらに向けた。

「これから旅の仲間ね。よろしく」

 あろうことか、少女がそう言って手を差し出す。そして少年も。

 旅の同行なんて、とんでもない。驚いたぼくは、もちろん断った。
 これから向かうのは、海向こうの遥か遠くの大陸、魔王バラモスが居を構える地、ネクロゴンドだ。

 決して楽なものではないのに、二人の決意は固いようで、頑として譲らない。
 困ってフルカスを見れば、苦笑を浮かべてぼくの返事を待っている。

 先程デスストーカーが酒場に現れ、ひと騒動あったという。三人のおかげで、幸い大事にならずに済んだのだと、酒場の女店主ルイーダさんが教えてくれた。

 説得できるものなら、とうにフルカスがしているだろう。
 こうして、戦士フルカス、武闘家フォン、僧侶カダルと、ぼくに三人の旅の仲間ができた。


イングリッシュパーラー